実態のつかめないものに対する距離感。
ただし、お互いに流動的である。

わたしのイメージでは、宮崎アニメの「ぽにょ」の小さな魚の子どもたち、みたいなかんじ。
小さい魚が群れになって動いている。
小さいぽにょたちは、チマチマ動くか動かないぐらいだが、全体では、ぐわーんと、動いているところが、ミソ。

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得たいの知れない大きな数のものより、しっかりしたもの、
それは、たった一つでもいい。
幻想、想像と現実が一致するピンポイント。
無数のピンポイントが存在する。
そのピンポイント自体が、お互いに動いて進んでいる。
ぼやっとしているが、鮮明でもあり、確実でも不確実でもある。
大きな海のなかで、ぽにょみたいに泳いで、
とてつもなく広い広いなかから、「偶然」と「必然」がドッキングしたようなものを見つける。

大きな時間の流れを共有できるところが、とても味わい深い。

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ハナシが、ころっと変って???

「死の旬」というものがある。
ボケずに、突然あっけなく亡くなると、美しい思い出がキープされる。
が、寿命が長くなると、身体も脳も老化しながらも生きていく。
身体と脳、こころのバランスを保つのは、非常に難しい。
自分でコントロールできないから、ややこしい。


この世に未練があるとすると、なんだろう?
幸せは、完結編などない。
老衰で安らかに、誰にも迷惑をかけず、ある日、ぽっくり亡くなること?
そんなうまい具合に、身体と脳、こころの終焉の時期が、ぴったり一致するなんてことは、めったにない。
で、未練が残る。
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人生のハッピーエンドはいつか?
シンデレラ?ストーリーでは、「結婚した時」。
王子様と結婚したら、めでたし、めでたし。
それって、人生の始まりだと思うのだが。
逆説的なお話なのだろう。
後は各自、想像して楽しんでください、ってところか。


子どもが生まれた時が、人生、最高に幸せ。
寝返りした、這った、立った、人生最高の可愛い時。
やがて大きくなって、いろんな問題が発生してくる。
では、ハッピーエンドではなく、不幸の始まりということになるのか?
何事も、ハッピーの絶頂は、下り坂への助走か?
ハッピーエンドというのは、ハッピーがエンドすることか?
「終わり」の始まり?